事故や病を越えて舞台へ!義眼を公表し第一線を駆ける表現者たち
義眼をアイコンにまで押し上げた伝説の筆頭といえば、世界中で愛されたピーター・フォークだろう。わずか3歳のときに網膜芽細胞腫で右眼を摘出した彼は、トレードマークとなったあの独特な斜視と柔らかな眼差しを武器に、ドラマ『刑事コロンボ』で一世を風靡した。オーディションで「同じギャラを払うなら両眼が見える俳優を使う」と心ない言葉を浴びせられながらも、自身の個性を逆手に取って不朽の名作を生み出した歩みは、後世の表現者たちに絶大な勇気を与え続けている。
一方、音楽とダンスの歴史に燦然と輝くサミー・デイヴィス・Jr.もまた、キャリアの絶頂期だった1954年に遭遇した凄惨な自動車事故で左眼を失った。再起不能とまで囁かれた事故からわずか数カ月後、彼はアイパッチ姿でステージに復帰し、後に精巧な義眼を装着して圧巻のエンターテインメントを披露した。不遇を嘆くのではなく、傷痕さえもスタイリッシュな表現へと変換した彼のバイタリティは、エンターテインメント史における奇跡のひとつとして語り継がれている。