『もののけ姫』包帯の病者はハンセン病?宮崎駿が明かしたタタラ場の真相

『もののけ姫』包帯の病者はハンセン病?宮崎駿が明かしたタタラ場の真相

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『もののけ姫』が劇場公開された1997年というタイミングは、日本におけるハンセン病の歴史上、極めて重要な転換点でした。映画公開の前年である1996年(平成8年)4月1日、実に90年近くにわたって患者を強制隔離し基本的人権を奪い続けた「らい予防法」がようやく廃止されたのです。

有効な治療薬であるプロミンが普及し、ハンセン病が完治する病気となって以降も、国の不当な隔離政策と社会の根強い偏見は長年放置されていました。宮崎監督が『もののけ姫』の絵コンテを描き、制作に没頭していた時期は、まさにこのらい予防法廃止を巡る社会運動が最高潮に達していた時期と完全に重なります。

近代国家が犯した「隔離と忘却」の罪。宮崎監督は、中世の日本を舞台にしたエンターテインメント作品の中に、現代社会が直視すべき差別の構造をあえて組み込みました。ジブリが単なるファンタジーにとどまらず、鋭い社会的テーマ性を帯びている最大の要因がここにあります。

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中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。