モーツァルト『夜の女王のアリア』超絶技巧の秘密と復讐の狂気を解く
1791年、35歳で早逝する直前のモーツァルトがこの前代未聞のアリアを生み出せた背景には、実在した特定のプリマドンナの存在がありました。その人物こそ、モーツァルトの妻コンスタンツェの実姉であるヨーゼファ・ホーファー(Josepha Hofer)です。
ヨーゼファは当時、ウィーン屈指の驚異的な高音域と正確無比な技巧を誇る名ソプラノでした。『魔笛』が初演されたヴィーデン劇場は、貴族向けの宮廷劇場ではなく、一般庶民で賑わう大衆劇場でした。興行主のエマヌエル・シカネーダーとともに「庶民をあっと驚かせる最高のエンターテインメント」を目指したモーツァルトは、義姉ヨーゼファの規格外の喉を最大限に引き立てる“キラーコンテンツ”として、この2つの夜の女王のアリア(第1幕「恐れるな、若者よ」と第2幕「復讐の炎〜」)を仕立て上げました。
初演時、客席の度肝を抜いたヨーゼファの歌唱は熱狂的な喝采を浴び、モーツァルトの目論見は見事に結実しました。彼が病床で死の淵をさまよっていた夜、時計を見つめながら「いま義姉が夜の女王のアリアを歌っている頃だ」と呟いたという逸話は、作曲家自身にとってもこの曲が特別な誇りであったことを物語っています。