あの激浪から14年――冨永愛と塩谷瞬が辿った正反対の「現在地」と、狂騒報道が残した真実
表舞台からの事実上の後退を余儀なくされた塩谷瞬だったが、彼は表現の場を完全に捨てたわけではなかった。大手のスポットライトが当たらない舞台演劇の世界や、海外でのボランティア・支援活動へと身を投じることで、静かに、しかし着実に自らの足元を見つめ直していった。
華やかな芸能界の狂騒から遠ざかったことで、彼は「チヤホヤされる俳優」から「一人の生身の人間」へと脱皮を迫られたと言える。東日本大震災の被災地支援や国際貢献活動など、現場で泥をかぶりながら汗を流す日々のなかで、かつての軽率な選択がもたらした代償の重さを噛み締め、表現者としての深みを少しずつ獲得していったのである。