八つ墓村にすけきよは出ない?怪奇ミステリ史に残る誤解の真相
この混同の背景を語る上で欠かせないのが、角川映画の台頭と映像の魔術師・市川崑監督の存在である。1976年、出版と映画の連動を掲げた角川春樹事務所の第1作として製作された『犬神家の一族』は、市川崑監督のスタイリッシュな映像美と大胆な編集、東宝の配給網、そして圧倒的な量のテレビCM投下によって社会現象を巻き起こした。
その大成功に刺激を受けた松竹が翌1977年に映画化したのが、野村芳太郎監督による『八つ墓村』である。「祟りじゃ〜っ!八つ墓の祟りじゃ〜っ!」のキャッチコピーが列島を席巻し、興行収入で大ヒットを記録。角川映画と東宝が切り開いた横溝ブームに他社も雪崩を打って参入した結果、日本映画界は空前のミステリーブームに沸いた。同時期に競い合うように放映された鮮烈な予告編の数々が、観客の頭の中でひとつの壮大なおどろおどろしい世界観へと統合されていったのは、ある意味で必然だったと言える。