北公次とジャニー喜多川の真相|『光Genjiへ』の告発と遺言の重み
北公次氏は1960年代後半、ジャニーズ事務所の創成期を支えた伝説的アイドルグループ「フォーリーブス」のリーダーとして一世を風靡しました。身体能力の高さを生かしたバック転や情感あふれる歌声で圧倒的な支持を集め、グループはNHK紅白歌合戦に7年連続で出場するなど、事務所の経営基盤を確立する最大の功労者となりました。
当時、ジャニー喜多川氏と北氏の関係は単なる所属タレントとプロデューサーの枠を超えていました。私生活から金銭管理に至るまで全面的に依存させられる一方で、合宿所での執拗な性的接触が日常化していたとされます。北氏は後年、自らが受けた行為への精神的苦痛と、スターダムへの階段を上る代償としての理不尽な服従関係に深く苦悩していた胸中を明かしています。
1978年のフォーリーブス解散後、北氏は事務所を離れましたが、精神的な打撃や薬物問題など波乱の人生を歩むことになりました。その苦難の根底にあったのが、少年期に植え付けられた深い心の傷と、ジャニー氏との歪な主従関係でした。