比叡山焼き討ちは虚構か?信長虐殺説を覆す最新発掘調査の真実
信長が比叡山を攻撃対象とした理由は、宗教弾圧などではない。当時の比叡山延暦寺は、日本仏教の母山たる天台宗の総本山であると同時に、莫大な経済権益と強大な僧兵軍団を抱える軍事国家そのものだった。
直接の引き金となったのは、信長包囲網を敷く浅井・朝倉連合軍を延暦寺が山内に匿い、信長の背後を脅かしたことにある。信長は事前に「味方につくか、せめて中立を保て。さもなくば焼き払う」という最後通牒を複数回送っていた。寺側が世俗権力間の戦争に軍事介入し、明確な敵対勢力となったからこその軍事行動であり、信長にとって比叡山は神聖な霊峰ではなく、打倒すべき敵の要塞だった。