成田闘争の知られざる真実とは?国家と農民の激突が残した深い爪痕
農民たちの孤軍奮闘はやがて、都市部で急速に熱を帯びていた新左翼運動の格好の標的となった。国家権力との全面対決を標榜する全日本学生自治会総連合(全学連)の諸派が三里塚に大挙して流入し、現地には無数の「団結小屋」が林立することになる。
ヘルメットにゲバ棒を掲げた学生たちの合流は、国家に対する抵抗力を飛躍的に高めた一方で、闘争の本質を徐々に変質させていった。砦を築き、火炎瓶や投石で機動隊を迎え撃つゲリラ戦の様相は、日を追うごとに過激化。警官隊の死者、反対派の自死、そして活動家同士の内ゲバによる凄惨な暴力が繰り返された。純粋に土地を守りたかった農民たちの願いは、イデオロギーの渦に巻き込まれ、出口のない混迷へと引きずり込まれていった。