大谷翔平の実家を現地取材!岩手奥州に眠る怪物の原点と両親の素顔
実家から通った中学時代、そして親元を離れて寮生活を送った花巻東高等学校時代。佐々木洋監督のもとで作成した有名な「目標達成シート(マンダラチャート)」には、すでに「ドラフト1位・8球団指名」や「人間性」「運」といった言葉が緻密に並んでいた。だが、その緻密な思考力の素地を作ったのは、間違いなく実家で過ごした幼少期の習慣だった。
北海道日本ハムファイターズに入団し、プロ野球の常識を覆す「二刀流」に挑戦した日々。周囲の懐疑論を実力でねじ伏せていく姿を、実家の両親は常に静かに、祈るような思いで見守っていた。批判や過度な期待の嵐が吹き荒れる中でも、実家に帰ればいつもと変わらない両親の温かい手料理と、少年時代と同じ穏やかな時間が待っていたという。
その揺るぎない帰る場所があったからこそ、彼は迷うことなくアメリカへと羽ばたき、ロサンゼルス・エンゼルスを経てドジャースの頂点へと駆け上がることができたのだ。