島木譲二の死因「脳溢血」の真相|過酷な闘病生活と最後の姿を追悼
島木譲二さんの最大の魅力であった「鍛え抜かれた肉体」と「ド迫力の威圧感」は、芸人になる以前のキャリアにルーツがあります。彼はもともと、西日本ミドル級新人王に輝いた実績を持つ本格派のプロボクサーでした。
リングを引退後、様々な職を経て1980年に吉本興業へ入門。当時すでにトップスターとして君臨していた間寛平さんに弟子入りし、吉本新喜劇の一員となりました。強面で筋骨隆々の巨漢が、甲高い声でボケをかますギャップは瞬く間に劇場を席巻。新喜劇の黄金期を支える看板俳優へと駆け上がっていきました。
その圧倒的な存在感は映画界の巨匠の目にも留まり、1989年にはリドリー・スコット監督のハリウッド映画『ブラック・レイン』にヤクザ役として出演。松田優作さんや高倉健さんとスクリーンで共演を果たすなど、一介の喜劇俳優の枠を超えた規格外の活躍を見せました。