毒殺12人の闇と731部隊の影:帝銀事件が暴く戦後日本のタブー
捜査線上に浮かび上がりながら消された最大の標的こそ、旧満洲で細菌兵器の研究や人体実験を行っていた関東軍防疫給水部(731部隊)とその創設者である石井四郎中将だった。法医学・刑事司法の専門家が着目したのは、犯行に用いられた毒物の特異性だ。当初発表された青酸カリであれば瞬時に激しい痙攣を起こし、食道を焼き尽くすため全員が一斉に飲むことはできない。被害者の症状は、遅延性を持たせて開発された「アセトンシアンヒドリン(青酸ニトリール)」などの特殊軍用毒物と酷似していた。
この特殊な毒物を合成・投与できる技術を持っていたのは、731部隊や陸軍登戸研究所の幹部クラスに限られていた。だが、石井四郎をはじめとする幹部たちは、人体実験で得た膨大な機密データを米軍に提供する見返りとして、東京裁判での戦犯免責を密約されていた。帝銀事件の真犯人を追及することは、米軍と731部隊の裏取引を暴くことに直結していた。真実は国家の安全保障という名目のもとに封印され、捜査の矛先は急激に市井の画家へと向け変えられていった。