『ハイキュー! !』烏養監督の声優交代の真相と名言、最終回その後の姿
繋心のバレー観に決定的な影響を与えたのが、祖父である烏養一繋(うかい いっけい)元監督です。かつて烏野高校を全国へと導き「烏野の小巨人」を育て上げた伝説の指導者であり、音駒高校の猫又育史監督とは学生時代からの終生のライバル関係にありました。
一繋が烏野の監督を退いた病気の真相は、重篤なものではなく高齢による体調悪化と入院でした。退院後は現場の一線から退き、自宅の庭に設けたコートで近所の子供たちやママさんバレーを指導。武田先生が最初にコーチ就任を依頼しに行った際も療養中であったため、孫の繋心へと白羽の矢が立ちました。
一繋は孫の繋心にアドバイスを送るだけでなく、進化を求めて訪ねてきた日向翔陽に「変人速攻」を止められるオープン攻撃の感覚や、空中で戦うための基礎技術を伝授。祖父と孫の二代にわたる指導が、日向という原石を世界レベルの選手へと開花させる原動力となりました。