近藤真彦の母の死因と事故の真相|レコード大賞脅迫と遺骨盗難の闇
母の急逝から約1年が経過した1987年12月、日本中を震撼させる前代未聞の事件が発生します。当時、近藤真彦さんは大ヒット曲『愚か者』で第29回日本レコード大賞の大賞有力候補となっていました。
授賞式を目前に控えた12月下旬、美津子さんが眠る墓から遺骨が持ち去られていることが発覚します。直後、レコード会社や所属事務所に対して、犯人から不気味な脅迫状と盗み出された遺骨の写真が送りつけられました。
脅迫状の内容は「レコード大賞を辞退しろ。授賞式に出席すれば遺骨を処分する」という極めて悪質なものでした。嫌がらせや賞レースを巡る嫉妬、あるいは金銭目的など様々な憶測が飛び交う中、近藤さんは人生最大の苦渋の決断を迫られることになります。
周囲からは身の安全や母の尊厳を守るために辞退を勧める声もありましたが、近藤さんは「母は自分が歌う姿を望んでいるはずだ」と覚悟を決め、ステージに立つことを選択しました。結果として見事にレコード大賞を受賞し、生放送のステージ上で大粒の涙を流しながら『愚か者』を熱唱した光景は、昭和歌謡界の歴史に深く刻まれています。