令和のSns社会が再評価する「都市伝説」の正体——東原亜希のブログは本当に”未来を予言”していたのか?
一方で、この現象が孕んでいた危うさも忘れてはならない。当時は「ネットの悪ふざけ」として許容されていた側面もあるが、対象となった東原亜希本人にとっては、計り知れない精神的プレッシャーであったはずだ。事実無根の噂が「呪い」という言葉でパッケージ化され、エンターテインメントとして消費される構図は、現代の基準に照らし合わせれば明らかなネットいじめの境界線上にあった。
SNSの誹謗中傷に対する法整備やモラルが厳格化した現在において、このような現象が同じ形で再生産されることは難しい。しかし、形を変えた「生贄探し」は、今も形を変えてネットの至る所で繰り返されている。