滝藤賢一の若い頃が驚愕!無名塾時代から大ブレイクまでの全軌跡
1998年、20代前半の滝藤賢一が扉を叩いたのは、大名優・仲代達矢が主宰する演劇界の最高峰「無名塾」だった。倍率数百倍とも言われる超難関を突破した彼を待ち受けていたのは、早朝からの発声練習と徹底した身体訓練、そして一切の妥協を許さない芝居漬けの毎日である。朝から晩まで演劇に没頭する過酷な環境の中で、彼は役者としての基礎と精神力を徹底的に叩き込まれた。
しかし、劇団生活は無給に等しく、暮らしは常に困窮していた。仕送りと深夜の仕分けバイトで食いつなぐ極貧生活。毎日の主食がもやしやうどんという極限状態の中でも、彼の眼光が衰えることはなかった。当時を知る劇団仲間は「お金は一切なかったが、劇団内でも目立つ存在感とどこか哀愁漂うルックスで、実は女性からの人気が非常に高かった」と証言する。洗練された現代のファッショニスタとしての面影は、当時から漂うミステリアスな佇まいに既に現れていたのだ。