マツダが世界に誇る異端の鼓動!ロータリーエンジンの歴史と真実
1960年代、後発の自動車メーカーだった東洋工業(現マツダ)にとって、この夢のエンジン実用化は会社の生存をかけた悲願だった。そのプロジェクトを率いたのが、後に「ロータリーエンジンの父」と称される技術者、山本健一である。彼のもとに集まった47人の技術者たちは「ロータリー四十七士」と呼ばれ、苦難の道を歩み始めた。
最大の壁となったのが、ローターの頂点が接するハウジング内壁に波状の異常摩耗が生じるチャターマーク、通称「悪魔の爪痕」だった。テストを繰り返すたびに刻まれるその傷に、チームは幾度となく絶望に叩き落とされたという。彼らは炭素素材を用いた特殊なアペックスシールを自社開発することで、遂にこの難題を克服。1967年、世界初の2ローターロータリーエンジン搭載車「コスモスポーツ」が誕生した瞬間だった。