名優・左とん平の死因と壮絶な闘病!関係者が明かした最期の真実
若き日の左とん平を語る上で、名優・森繁久彌との巡り合いを外すことはできない。劇団を経て森繁劇団の門を叩いた青年は、巨匠の懐に飛び込み、喜劇の間合いと人間の哀愁を徹底的に叩き込まれた。「左とん平」という特異な芸名も、ひょんな会話と直感から生まれたものだ。端役であっても一度画面に現れれば誰よりも視線を奪う、天性のバイプレイヤーとしての素地はこの時期に完成した。
その才能が爆発したのが、1970年代のTBSテレビを代表する伝説的ホームドラマの数々である。久世光彦プロデューサーが手掛けた『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』において、彼はドラマの調味料どころか、作品の屋台骨を支える異彩を放った。銭湯の従業員や下町の住人など、どこか胡散臭く、けれど憎めない市井の男を演じさせたら右に出る者はいなかった。
台本に書かれたセリフをそのまま喋るのではない。絶妙な間、泳ぐ視線、裏返る声のトーン。テレビが家庭の主役だった黄金期、お茶の間は彼の怪演に笑い転げ、ふとした瞬間に漂う男の哀愁に胸を打たれたのである。