なぜ言葉は空転するのか?「ぬかに釘」の真意と暖簾に腕押しの差
手応えのなさが生む人間関係の摩擦は、近代以降の日本文学が執拗に描いてきたテーマでもある。夏目漱石が『こころ』や『行人』で描いた登場人物たちの断絶を見よ。理路整然とした言葉を投げかければかけるほど、相手の心の深淵に吸い込まれ、二度と響き合わないあの不気味な孤独。漱石は直接その慣用句を連発せずとも、まさに「ぬかに釘」そのものの心理的断絶を物語の骨格に据えていた。
辞書作りに情熱を捧げる人々を描いた三浦しをんの小説『舟を編む』でも描かれた通り、言葉の定義とは単なる記号の集積ではない。人間が他者と関わる中で味わう絶望や希望の輪郭をすくい取る作業だ。映像化され、NetflixやNHKオンデマンドを通じて世界中に配信された同作の物語が示すように、言葉が相手の心に届かないもどかしさは、時代や国境を越えて人間の胸を締め付ける普遍的なドラマなのである。