栄光の甲子園から花火休止へ…Pl教団の知られざる現在と真実
教団の起源は、大正期に立教された「ひとのみち教団」にまで遡る。初代教祖である御木徳一が掲げた教えは、戦前の国家神道体制下で弾圧を受け、教団は解散に追い込まれるという苦難の歴史をたどった。しかし敗戦後、その灰燼の中から立ち上がったのが二代教祖の御木徳近である。
1946年、徳近は「パーフェクト リバティー教団(通称PL)」として組織を再興。「人生は芸術である」という明快かつ前向きな自己表現の教義は、復興と経済成長に向かう日本人の心に鮮烈に響いた。信仰を日常生活や自己実現と直結させる合理的なアプローチにより、日本を代表する新宗教の巨頭へと急速に駆け上がったのである。
宗教法人としての基盤を固めた教団は、富田林市に数百万平方メートルに及ぶ広大な大本庁を建設。ゴルフ場、病院、学校などを包括する一大宗教都市を現出させた。徳近の卓越したプロデュース能力は、宗教の枠組みを越えて戦後日本の大衆文化に決定的な足跡を残すこととなる。