【ルポ】再開発に揺れる神戸・三宮駅、「火垂るの墓」の原点が消える?変わりゆく街角で私たちが失うもの
1945年、神戸は何度も大規模な空襲に見舞われた。特に6月5日の大空襲では、三宮を含む市街地が壊滅的な打撃を受けた。焼夷弾が雨のように降り注ぎ、街は一瞬にして火の海と化した。川は遺体で埋まり、生き残った人々は黒煙の中を逃げ惑った。
『火垂るの墓』で描かれた清太と節子の放浪の旅は、この地獄絵図から始まった。三宮駅は、生き延びた人々にとっての唯一の避難所であり、同時に絶望の終着駅でもあった。当時の神戸を知る高齢者は「駅に行けば、何か食べ物があるかもしれない、誰かに助けてもらえるかもしれない。そう思って皆が集まったが、そこにあったのは死の山だった」と静かに語る。