セキスイハイムスーパーアリーナ遺体安置の真相|震災の記録と現在
震災発生の数日後から、グランディ・21には石巻市、名取市、塩竈市、東松島市、多賀城市など沿岸の被災地から連日のように自衛隊や警察の車両によってご遺体が運び込まれました。
アリーナの床一面にはブルーシートや敷物が敷かれ、冷たい空気のなか、数多くの棺や納体袋が並びました。停電や物資不足が続くなか、警察官、自衛隊員、医師、歯科医師、自治体職員が不眠不休で作業にあたりました。身元を特定するために行われた歯型照合、DNA採取、身体的特徴の記録は、過酷を極める作業の連続でした。
家族の安否を求めて訪れた多くの遺族が、写真や所持品を手がかりに対面を果たし、泣き崩れる姿が絶えませんでした。この場所は、過酷な現実のなかで散っていった尊い命が、最後に愛する家族のもとへと帰るための「尊厳の場」でもあったのです。