世界を魅了した名女優・左幸子の軌跡と女性監督としての先駆的挑戦
『にっぽん昆虫記』の熱気も冷めやらぬ中、彼女は東映の巨匠・内田 吐夢監督がメガホンを執る大作『飢餓海峡』(1965年)へと身を投じる。戦後日本ミステリーの最高峰とされる本作で彼女が演じたのは、貧しさゆえに身を落としながらも、一途な愛を貫こうとする娼婦・杉戸八重だ。
三國連太郎演じる逃亡犯・犬飼多吉との一夜の情事。恩人への狂おしい思慕を胸に生きる八重の哀愁と純情を、左幸子は凄まじい情感で演じ切った。巨匠・内田吐夢との撮影は妥協が一切許されない過酷なものだったが、彼女の放つ熱量は画面全体を支配した。下北半島の荒波と寒風の中、すべてを捧げ尽くす八重の最期は、日本映画史上に残る悲痛で美しい名シークエンスとして語り継がれている。
『にっぽん昆虫記』と『飢餓海峡』。まったく異なるアプローチで女の極限を体現し、二大映画賞を総なめにしたこの時期の彼女は、まさに日本映画界の頂点に君臨していた。