首相の原点・石破二朗とは何者か?知られざる豪腕父と息子の真実
石破茂首相のルーツを語る上で欠かせない父・石破二朗氏は、1908年(明治41年)、鳥取県八頭郡大江村(現・八頭町)の農家に生まれた。苦学の末に旧制第一高等学校を経て東京帝国大学法学部を卒業し、内務省に入省。戦前・戦後の混乱期を行政官として駆け抜け、建設省官房長などを歴任した生粋の実務派官僚である。
1958年、郷里の熱烈な要請を受けて鳥取県知事選に出馬し初当選。連続4期15年にわたり知事を務めた。豪雪地帯対策や道路網の整備、鳥取砂丘の保全と観光振興、さらに教育インフラの拡充など、現在の鳥取の基盤を築き上げた功績から、県民の間では今なお「清廉潔白な名知事」として語り継がれている。
知事退任後は参議院議員に転じ、自治大臣兼国家公安委員会委員長として初入閣。中央と地方の制度設計を熟知した政策通として、鈴木善幸内閣の屋台骨を支えた。権力に媚びず、数字と法理に忠実なその姿勢は、まさに官僚派政治家の鑑と呼ぶにふさわしいものだった。