呑兵衛が最後に辿り着く「赤星」熱処理ビールが誇る本物のコク
その歴史は、明治初期の北海道開拓期にまで遡る。1876(明治9)年、札幌の地に設立された官営の開拓使麦酒醸造所こそが、すべての始まりだった。事業を推進した村橋久成や、本場ドイツの醸造技術を命がけで学んで帰国した日本人初のビール醸造技師・中川清兵衛らの情熱によって、国産ビールの第一歩が踏み出された。
ラベルの中央に燦然と輝く「赤い星」は、開拓使のシンボルであった北極星(五稜星)に由来する。未開の荒野を照らす道標であった星のマークは、やがて日本のビール醸造業の黎明期を象徴するアイコンとなった。ドイツ流の伝統的な下面発酵技術によって造られたその酒は、冷涼な気候と良質な水、大麦やホップの栽培に適した大地の恵みを余すところなく凝縮したものだった。
官営から民営化、そして幾重もの企業再編や戦争による統制経済を乗り越えながらも、北極星を冠した一本のビールは名前と形を変えつつ受け継がれていく。歴史の荒波を生き抜いてきたこの星のエンブレムは、単なる意匠ではなく、日本の産業史そのものを背負った誇りの証である。