ワッフル堀の美しき罠と激闘の記憶!北条最高峰・山中城址の真実

ワッフル堀の美しき罠と激闘の記憶!北条最高峰・山中城址の真実

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天正18年(1590年)、天下統一の総仕上げとして豊臣秀吉が敢行した小田原征伐。その箱根越えの防衛線として真っ先に標的となったのがこの城だった。豊臣軍の先鋒として攻め寄せたのは、豊臣秀次を総大将とする約7万の大軍。対する北条側の城兵は、わずか4千人程度だったと伝えられる。

圧倒的な兵力差にもかかわらず、守備側は壮絶な抵抗を見せた。激戦のなかで豊臣方の有力武将・一柳直末が討ち死にするなど、戦況は惨烈を極めた。しかし、怒涛の如く押し寄せる大軍の前に防衛網は破られ、開戦からわずか数時間、半日足らずで城は崩壊。戦国時代の終焉を決定づける歴史的転換点となった。

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井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。