小泉純一郎の評価は名宰相か破壊者か?改革の功罪と現在を徹底検証
2009年の政界引退後、小泉純一郎氏は表舞台の政局からは完全に身を引きました。しかし、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故を機に、その活動は劇的な変化を遂げます。かつて原発推進側だった立場を180度転換し、「原発ゼロ」を掲げた脱原発運動の急先鋒となったのです。
元首相の細川護煕氏らとともに全国で精力的な講演活動を展開し、「原発はコストが高く、核のごみの処分場もない。再生可能エネルギーこそが日本の進むべき道だ」と熱弁を振るう姿は、かつての劇場型政治を彷彿とさせる熱量を帯びています。
この姿勢は、政界の中枢で活躍する次男・小泉進次郎氏の政治姿勢にも少なからず影を落としています。進次郎氏は父譲りの卓越した発信力と大衆的人気を誇る一方で、現実的な政策調整や党内融和を重んじる場面が多く、「破壊者」と呼ばれた父の突破力とは異なる立ち位置を模索しています。親子の政治スタイルの相違は、自民党の世代交代を占う上でも格好の分析材料となっています。