伝説の立川スターレーン跡地はどうなった?激変する街と熱狂の記憶
時計の針を大きく巻き戻してみよう。高度経済成長期、日本中に吹き荒れた空前のボウリングブーム。その中心的な担い手として全国にボウリング場を展開したのがイースタンスポーツ株式会社だった。立川の拠点は、単なるスポーツ施設という枠組みを遥かに超えていた。
日本プロボウリング協会公認のトーナメントが開催されれば、テレビ中継車が横付けされ、スター選手の投球一挙手一投足に観客が息を呑んだ。週末になれば家族連れや若者でフロアは埋め尽くされ、ピンが倒れる甲高い音と歓声が夜遅くまで響き渡る。日本のレジャー・アミューズメント産業が爆発的な成長を遂げていた時代の象徴として、この施設は街の経済と娯楽を牽引する巨大な心臓部だったのだ。