政治家・中川昭一の真実とG7会見の裏側|再評価が進む理由と遺言
世界中に衝撃を与えたのが、2009年2月14日、イタリア・ローマで開催されたG7閉幕後の共同記者会見でした。中川氏がろれつの回らない状態で会見に臨む映像は世界中に配信され、野党や大手メディアから「酩酊会見」と猛烈な批判を浴びることになります。
しかし、当時の詳細な行動記録や関係者の証言を検証すると、単なる泥酔という単純な話ではない複雑な真相と理由が浮き彫りになります。
当時、中川氏は極度の過密スケジュールと時差に加え、重い風邪と腰痛を患っていました。機内や現地ホテルで大量の総合感冒薬や睡眠導入剤を服用していたこと、さらに公式昼食会での少量のアルコール摂取が重なり、薬物の相互作用によって意識混濁状態(健忘やもうろう状態)に陥ったのが医学的・客観的な見立てです。会見直前まで極限の状態で各国代表と激しい交渉を続けていた肉体は、すでに限界を突破していました。
帰国後、中川氏は大臣を辞任。メディアによる過熱した個人攻撃は続き、同年8月の衆議院選挙で惜敗する直接の引き金となってしまいました。