吉田昌郎所長の決断と真実|福島原発事故から辿る死因と家族の現在
2011年3月11日、マグニチュード9.0の巨大地震と大津波が福島第一原子力発電所を襲いました。全交流電源を喪失し、計器類の表示が消え、原子炉を冷やす手段を絶たれるという、原子力史上でも稀に見る過酷事故(シビアアクシデント)が発生した瞬間です。
免震重要棟の緊急時対策室で指揮を執った福島第一原発の吉田所長は、刻一刻と悪化する状況下で冷静さと情熱を併せ持つリーダーシップを発揮しました。電源も冷却水も失われ、放射線量が急上昇する暗闇の原子炉建屋へ、決死隊として部下を送り込まなければならない苦渋の決断の連続でした。「命をかけてくれ」と直接頭を下げ、現場の作業員たちと運命を共にする覚悟を示した姿勢は、現場の結束を保つ要となりました。
吉田所長の発した「お前ら、逃げたい奴は逃げろ。俺は残る」「ここが俺たちの死に場所だ」といった言葉は、単なる精神論ではなく、現場の責任者として逃げ場のない覚悟を示した吉田所長の名言とリーダーシップとして、危機管理の事例でも度々引用されています。