巨人V9の名手・黒江透修の現在と足跡|球界屈指の知将が遺した功績
鹿児島実業高校から社会人野球の杵島炭鉱、立正佼成会を経て、1964年に読売ジャイアンツへ入団した黒江透修氏。当時の巨人は広岡達朗氏がショートのレギュラーを務めていたが、黒江氏は持ち前のガッツと確かな技術で定位置を奪取。小柄な体格(166cm)から「豆タンク」の愛称でファンに親しまれ、1965年から始まるV9黄金期の幕開けとともにチームの中核へと定着した。
黒江氏が担った役割は、華やかな長打で観客を沸かせることではない。川上監督が掲げた「ドジャース戦法」に基づく徹底したスモールベースボールにおいて、走者を進める進塁打、正確無比な送りバント、相手の意表を突くエンドランなど、勝つためのつなぎ役を完璧にこなすことだった。派手なスター軍団の中で、玄人を唸らせる職人技を披露し続けた黒江氏の存在なくして、V9の偉業はあり得なかったといっても過言ではない。