土井正三とイチロー確執の真相!名将の誤算と振り子打法の誕生秘話
1993年シーズン終了後、土井正三の退任に伴い、オリックス・ブルーウェーブの新監督に仰木彬が就任する。この指揮官交代劇こそが、日本野球機構(NPB)の歴史を永遠に変える分岐点となった。
野武士集団と呼ばれた近鉄を率いて「10・19」をはじめとする名勝負を演じてきた仰木は、選手個々の個性を極限まで解き放つ「仰木マジック」の使い手だった。秋季キャンプでイチローの打撃を一目見た仰木は、新井宏昌打撃コーチとともに「この打ち方を絶対に弄ってはならない」と即断。登録名を「鈴木一朗」から「イチロー」へと改名させ、1994年の開幕から一番打者として全幅の信頼を置いた。
重圧から解き放たれた若き天才は、開幕から猛打を爆発させ、日本プロ野球史上初となるシーズン210安打を達成。打率.385という驚異的なアベレージで日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。もし土井体制がもう1年続いていたら、あるいはイチローが指示に従ってフォームを変えていたら――歴史に「たられば」は禁物だが、仰木との邂逅が稀代の安打製造機を世に解き放った契機であったことは紛れもない事実である。