全長8.8Mのサナダムシ標本に慄く!目黒寄生虫館の衝撃と歩き方
この特異な施設が民間の手によって維持されている背景には、一人の医学者の並々ならぬ執念がある。創設者である医学博士・亀谷了が、私財を投げ打ってこの研究所を立ち上げたのは1953年のことだ。第二次世界大戦後の日本は衛生環境が劣悪で、国民の多くが寄生虫病に苦しんでいた。農村を歩き回り、患者を診察し、検体を採取し続けた彼の目的は、病魔の実態を白日の下に晒すことだった。
やがて衛生環境の改善とともに日本国内で寄生虫症が激減すると、研究の舞台は熱帯医学や地球規模の感染症へとシフトしていった。日本寄生虫学会の活動拠点としても機能しながら、同館は国内外の貴重な標本や学術資料を散逸から守り続けてきた。単なる観光スポットではなく、寄生虫学・医学教育の最前線を支える生きた研究機関としての誇りが、展示パネルの一文字一文字から静かに伝わってくる。