読者を欺くミステリの魔術師・道尾秀介が放つ衝撃の仕掛けとは
初期のダークでトリッキーな世界観から、登場人物の生々しい息遣いと心の機微を描く方向へと筆先が研ぎ澄まされていった軌跡も見逃せない。第144回直木三十五賞を受賞した『月と蟹』は、その決定打となった。少年期の残酷さ、逃げ場のない孤立、そして大人たちの理不尽な世界。騙しの仕掛けを抑制した代わりに露わになったのは、胸を締め付けるような切実な叙情だった。
一方で、詐欺師たちの疑似家族を描いた『カラスの親指』では、騙しという行為そのものが他者を救うための温かな祈りへと昇華されている。周到なミスディレクションが明かされるラストシーンでこぼれ落ちるのは、驚愕の叫びではなく安堵の涙だ。トリッキーな技巧と人間ドラマの幸福な融合。この振れ幅の広さこそが、多くの読者を魅了してやまない。