大鵬の出身地は樺太か弟子屈か?ウクライナ人の父と激動の生い立ち

大鵬の出身地は樺太か弟子屈か?ウクライナ人の父と激動の生い立ち

大鵬の出身地は樺太か弟子屈か?ウクライナ人の父と激動の生い立ちとはどのようなものなのか? 背景や要点を簡潔に解説します。

日本相撲協会の公式記録において、大鵬の出身地は北海道川上郡弟子屈町(てしかがちょう)と記載されています。弟子屈町は阿寒摩周国立公園を抱える自然豊かな町であり、大鵬が少年時代を過ごし、相撲の基礎となる屈強な肉体を育んだかけがえのない故郷です。

しかし、戸籍上の出生地は北海道本土ではありません。大鵬(本名:納谷幸喜)は、1940年(昭和15年)5月29日、当時日本の領土であった樺太敷香郡敷香町(現在のロシア・サハリン州ポロナイスク)で産声を上げました。

敷香町は当時、樺太北部との境界に近く、日本最北の国境の街として栄えていました。大鵬の公式出身地が「弟子屈町」となっているのは、終戦後の引き揚げによって定住した地であり、大相撲入門の際に「育ての故郷」として弟子屈を届け出たためです。出生地である樺太と、少年期を過ごした弟子屈町――この2つの土地はいずれも大鵬の人生を形作る決定的な舞台でした。

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吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

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