東日本大震災から15年——政界を引退した第94代首相「菅直人」の功罪と、2026年日本が直面するエネルギー決断のリアル
世襲議員が幅を利かせる日本の政界において、彼のキャリアは異色そのものだった。東京工業大学を卒業後、特許事務所を開業しながら市川房枝らの選挙運動を支えた市民運動家としての出発点。1980年の衆院選で初当選を果たして以来、既成概念を打破する野党の鋭い論客として頭角を現した。
1996年、橋本龍太郎内閣の厚生大臣として薬害エイズ問題に取り組み、厚生省の隠蔽体質を自ら暴いて被害者に謝罪した姿勢は、国民的な熱狂を生んだ。「官僚機構の不祥事に容赦なく切り込む政治家」という圧倒的ブランディングが、後の民主党結党の原動力となり、2009年の政権交代へとつながっていく。感情を露わにし、周囲を怒鳴りつけることからついた「イラ菅」の異名。しかし、その強烈すぎる自我こそが、旧態依然とした既成権益への強固な対立軸となり得たのも事実だ。