がん放置療法で揺れた医療界:近藤誠の提言が突きつける生命の真実
彼が歩んだ道のりは、常に組織との摩擦の連続だった。慶應義塾大学病院の放射線科に身を置き、放射線腫瘍学の専門家として臨床の最前線に立っていた彼は、乳がん患者に対する画一的な乳房全摘術にいち早く異を唱えた。身体への負担を最小限に抑える乳房温存療法の有効性を訴え、欧米の臨床データを盾に日本の外科偏重主義を痛烈に批判したのだ。
当時の医学界において、若手医師が学会や組織の重鎮に盾突くことはタブーに等しかった。昇進の道を断たれ、学内での発言権を削がれながらも、彼の舌鋒は鈍るどころか鋭さを増していく。患者の生活の質(QOL)を最優先に据える思想は、この閉塞した巨塔の中での激しい摩擦から鍛え上げられたものだった。