権藤博監督が起こした奇跡|1998年横浜日本一の真相と独自の指導論
権藤博氏が横浜ベイスターズの指揮を執ったのは、1998年から2000年までの3年間です。その通算成績は輝かしいものでした。
- 1998年:79勝56敗1分(勝率.585)/ セ・リーグ優勝・日本一
- 1999年:71勝64敗0分(勝率.526)/ 3位(チーム打率.294の歴代最高記録を樹立)
- 2000年:69勝66敗1分(勝率.511)/ 3位
通算成績は219勝186敗2分(勝率.541)。3年連続ですべてAクラス入りを果たしながら、2000年のシーズン終了をもって契約満了に伴い退任しました。
電撃退任の背景には、当初から結んでいた3年契約の満了に加え、フロント陣との指導方針・チーム編成を巡る意見の相違がありました。また、自由と自立を重んじる指導スタイルが年月を経て一部で緊張感の低下につながった面もあり、権藤氏自身が「チームに慣れ合いが生じる前に身を引く」と決断したとされています。引き際の美学を貫いた退任劇もまた、権藤氏らしい潔さの表れでした。