任天堂の伝説・岡田悟が語るゲームボーイとニンテンドーDs開発秘話
2000年代初頭、次世代携帯ゲーム機の開発において、任天堂内部に激震が走った。当時の社長・山内溥が突如打ち出した「画面を2つにせよ」という命題。これに対し、現場の開発トップとして真っ向から異論を唱えたのが岡田悟だった。
「上下に画面を並べても、開発者がソフトを作りづらいだけで失敗する」――岡田は当時の社長であった岩田聡に対しても直談判を行い、1画面のハイエンド機を作るべきだと強固に主張した。技術的・実用的な観点から真摯にリスクを懸念したからこその反対だった。しかし、岩田との対話を重ね、山内の直感を市場での圧倒的体験へと昇華させる決意を固めると、岡田は一転して2画面ハードの構造設計に全力を注いだ。タッチパネルの採用やペン入力の精度確保など、誰も見たことのないハードウェアを形にするため、現場の指揮をとった。自らのこだわりを捨ててでもプロジェクトを勝利に導くプロフェッショナリズムが、ニンテンドーDSの大ヒットを生み出したのである。