新選組を揺るがした参謀の真実!伊東甲子太郎が粛清された裏の理由
元治元年(1864年)秋、新選組の門を叩いた伊東甲子太郎は、道場主としての名声と卓越した知性を引っ提げて上洛した。粗野な浪士が集まる壬生や西本願寺の屯所において、伊東の存在感は完全に異質だった。隊士たちに学問を講じ、幕府や朝廷との折衝を一手に担う政治顧問としての役割を果たしたのである。
近藤勇は伊東の才能に惚れ込み、異例の厚遇をもって迎えた。だが、その蜜月は長く続かない。刀一本で天下を切り拓こうとする叩き上げの剣士たちと、日本という国家の行く末を俯瞰していた知性派の間には、埋めようのない溝が最初から穿たれていた。