伝説の司会者みのもんたの光と影!御法川法男の激動人生と現在の素顔
彼の原点は、1967年にアナウンサーとして入社した文化放送にある。立教大学時代に培った度胸と卓越したアナウンス技術を武器に、深夜ラジオやプロ野球中継で頭角を現した。だが、最初から順風満帆だったわけではない。局内の競争や組織の論理に抗いきれず、若き日の彼は挫折の辛酸を舐めることとなる。
一度はマイクを置き、家業である水道メーター製造販売会社で営業マンとして全国を駆け巡る日々を送った。この「浪人時代」とも呼べる市井での泥臭い経験が、後の司会者人生における強固なバックボーンとなる。一般市民が何を怒り、何を悲しみ、日々の生活に何を求めているのか。机上の空論ではない庶民の皮膚感覚を、彼はセールス鞄を提げた営業先で肌身に刻み込んだのだ。
フリーランスとして再起を図る際、名付けられた芸名が「みのもんた」だった。一度聴いたら忘れられないキャッチーな響きとともに、彼は再び電波の世界へと這い上がっていく。