呪縛か知性か?「良妻賢母」の知られざる歴史と令和に響く真実

呪縛か知性か?「良妻賢母」の知られざる歴史と令和に響く真実

呪縛か知性か?「良妻賢母」の知られざる歴史と令和に響く真実についての真相をご紹介します。

この言葉が日本に登場した瞬間、それは間違いなく革新的な響きを持っていた。日本近代教育史において決定的な転換点となったのは、啓蒙思想家の中村正直が1875年(明治8年)に発表した論説だ。サミュエル・スマイルズの『西国立志編』を翻訳して一大ベストセラーを生み出した中村正直は、欧米列強の繁栄の源泉が「教養ある母の手によって育てられた賢明な市民」にあると見抜いた。

江戸時代の封建道徳において、女性は「三界に家なし」「産む機械」に近い低廉な地位に置かれていた。それに対し、中村は「良妻賢母を造るべし」と説き、男子と同等の近代教育を女子にも施す必要性を主張したのだ。当時の文部省が国家主導の教育制度を整備する中で、家庭内を科学的・合理的に管理し、次世代を育成する主体として女性の価値を認めたこの主張は、女性の地位向上に向けた強烈な一歩だった。

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井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。