太宰と三島「決裂の夜」の真相とは?新資料が暴く昭和文壇の真実
二人の文学的到達点を比較するとき、必然的に浮かび上がるのが『人間失格』と『金閣寺』という近代日本文学の記念碑的傑作だ。一見すると、恥の多い生涯をさらけ出して破滅へと向かう太宰の手記形式と、絶対的な美に取り憑かれて寺を焼き払う三島の構築的な文体は、対極に位置するように見える。
だが、その深層を覗き込めば、両者が抱えていた絶望の根は驚くほど似通っている。他者との真の交感を断絶された孤立、自らの存在に対する根源的な違和感、そして死による完成への誘惑。映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』でも描かれたような、女性たちを巻き込みながら自らをすり減らしていく太宰のナルシシズムを、三島は誰よりも鋭く理解していた。
だからこそ三島は、太宰の自己憐憫を徹底的に嫌悪した。自らを律し、ボディビルで肉体を鋼のように鍛え上げ、完璧な美の城塞を築くことでしか、三島は「太宰的な弱さ」という内なる怪物に打ち勝つ術を持たなかったのである。